「大気圏脱出、自動操縦に切り替えます」
間抜けな電子音とともに緊張が一気に抜ける。
後は火星にたどり着くこんな所でまでの二日間をどう過ごすかが問題だ。
3Dジグソーパズルはとっくに完成してしまったし、火星語辞典でも持ってくれば良かった。
 何か面白い番組はないかと、俺はTVのスイッチをつけた。
ちょうどニュースをやっていた。
環境問題の特集なのか、近年宇宙空間で多くなってきているデブリの問題だった。
資料映像を見ると、ウチの船よりもはるかに良さそうな船がごろごろと浮かんでいた。
 この船は昔、宇宙での実験や研究をしていた『スペースシャトル』とか言う、博物館にあるような宇宙船をリサイクルして作られたカーゴシップだ。
 機体はツギハギだらけ、システムはポンコツ、コンピューターは容量をオーバーすると盛大に火花を散らしながら怒りだすような代物だ。
・・・こんな所で乗っている船の文句を言っても仕方がない。
TVも今更なことしか報じていないし、つまらなくなってきた。
 ほかのメンバーが確かボードゲームを持ってきていたはずだ。
あれをいっしょにやるか。
TVのスイッチを切ろうとした、しかしスイッチが切れない。
俺はTVの下の辺りを蹴飛ばし、TVを沈黙させた。
TVの無事を祈りつつ、俺はゲイルの部屋に向かった。

ゲイルの部屋には先客がいた。
船長のグレイスと通信士のクァールだ。
彼らは『人生ゲーム』とか言う古典的なボードゲームに興じていた。
俺もその輪に加わっものの、五〜六回もやるとさすがに飽きが来た。
そんな時エアタンク交換のブザーが鳴った。
昔は化学式や電気式の酸素発生装置が搭載されていたそうだが、エンジンがオンボロなのでそんな重くて高いものを搭載していると肝心の荷物が積めなかったり、オンボロ装甲がつぶれたり、下手すれば会社自体がつぶれてしまう恐れがあるのだ。
なので重さがあまりなく、安いエアタンクを装着しているが、エアタンクの交換は手動なのだ。
始めは面倒くさい思ったが、今では良い暇つぶしだ。
 エアタンクを置いている部屋に行くと、エアタンクのバルブを開けた。
これで気圧計のメーターは平常になるはずだ。
しかし変わらない、むしろ急速に下がり出した、慌てていっぺんに二つのバルブを開くと、平常に戻った。
これで安心、と思ってとんでもないことに気がついた。
このままでは火星まで酸素が持たないのだ!  急いで船長のグレイスに報告しにいった。
みんな始めはまったく信用してくれなかったが、空になった三本のエアタンクを見せるとみんな顔を青くし、俺を責め始めた。
「なんでエアタンクを一気に三本も使ったんだ!」
こうも一方的に責められたんじゃ、俺も黙ってはいれない。
「仕方ないだろ!タンクを開けたらいきなり気圧が下がったんだから!なんならほっといて酸欠死したかったか?」
「タンクを開けたら気圧が下がった?気圧計の故障じゃねえのか?」
「ありえねーよ!気圧計は出発の三日前に、オレがチェックしたばっかりだぜ?」
「ゲイルがミスをするはずがないか・・・、ではなぜ気圧が下がったのだ?」
「あのバカのせいじゃないのか?」
ヴォリスのことだ。
 あいつは頭が少しいかれていて、時々意味の分からないことをするのだ。
前の航行ではいきなり外へのドアを開けようとしたり、コンピューターでホットケーキの作り方を検索し出したりした、ふざけて別のタンクを積み込みかねない。
しかしどんなメチャクチャなことをしても、あいつは首にならない。
なぜなら、あいつはとある大企業の御曹司であいつがうちの会社にいる限り、うちの会社は大企業のバックアップがあるのだ。
悔しいことに、そのバックアップのおかげでうちの会社は成り立っているのだ。
「多分あいつだろうな、とりあえず問題のエアタンクをチェックしてみよう。」
そうだ、エアタンクを開けてどうして気圧が下がったか調べない限り、犯人が誰だとか言えないはずだ。
そして俺を先頭に俺達はエアタンク置き場に向かった。

 問題のエアタンクにはこう書いてあった。
『ファニーガス、キミも面白声に変身だ!』・・・要するにヘリウムガスってことだ。
これで犯人が分かった、ヴォリスだ。
あいつのことは仕方ないとして、何とかして近くの惑星に着陸しないと酸素が足りない。
 コンピューターで近くの惑星を検索した。

なんてこった!
この酸素で酸素がある惑星には行けないのだ。
このあたりは小惑星が多く、ステーションを作るには適していないし、この酸素で何とかして火星にいかないといけない。
 次に俺達は船の積み荷の中で、酸素が入っているもの、もしくは酸素が作り出せるものがないか探し回った。
薬箱にはオキシドールがあったが、二酸化マンガンがないと酸素が作れない。
次に緊急用のエアタンクを見つけた。
これで助かると思ったがなんとひどいことに今残っている酸素とこれを合わせても、この小惑星群を抜け、火星を拝んでお陀仏だ。
本来なら違法なのだが、依頼された積み荷を開けてみた。
 そこにあったのはずいぶん古い型の作業用アーマーだった、アーマーにもエアタンクは装備されていたが、中身は空らしく、メーターがゼロを指していた。
いろいろ探し回ったが、結局見つかったものは、俺が見つけた予備のエアタンクと、船長が見つけた、もう使われていない、作業用スーツのエアタンクだった。
これを撒き散らしても、火星に近づくのがやっとだ。
とりあえず新しいエアを開けないと酸素があろうがなかろうが、死んでしまう。
 残りのエアタンクはあと一つ、見つけてきた酸素はタンク半分くらいだ。
火星にたどり着く一時間前には酸素はゼロになる。
俺はふと確実に生き残れる・・・恐ろしい方法を思いついた。
俺の計算が外れてくれることを祈りつつ、こっそりコンピューターに計算をさせた。
・・・ビンゴだ、これなら確実に生き残れる。
ただ一つだけ生き残る方法があった、あまり使いたくはないが、最後の方法だ。
 そう、この乗組員の中で誰か一人を殺すのだ、そうすれば四人はなんとか生き残る。
まずはこの考えをみんなに言ってみた。
予想通り猛反対にあった。
「お前、正気か?そんな非道徳的なこと、許されるわけねーだろ。」
「第一、殺すといっても、誰を殺すんだ!?」
すぐさま船長が答える。
「ヴォリスは除外だ、あいつを殺したら会社がつぶれる。」
とんでもない!あいつが原因でこんな事になったんだ。
あいつを殺さないで誰を殺すんだ。
「おい!あいつじゃないのか?」
思わず大声で言った。
メンバーは暗い顔で言った。
「くやしいけど、あいつを殺したら大企業のバックアップがなくなる・・・たとえ助かっても、その後地球で生活できねえんだ。」
「ヴォリスがどんなに狂った奴にしろTVだと『大企業の御曹司を宇宙に放り出して殺した』としか言わねーからな。」
「ちくしょう!」
俺は苛立って壁を蹴飛ばした。
こんな状況を作り出した当の本人が、のうのうと地球に帰れるなんて! 「たのむ!俺も除外してくれ!」
クァールが叫びだした。
「俺には妻も子供も居るんだ、それに一ヶ月も立てば娘の結婚式もあるんだ、たのむ!」
「そんなこと言ったら、オレだって彼女が待ってるんだ、外してくれよ!」
「・・・だったら死ぬ奴は半ば決まったようなものだな。」
「ああ、そのようだな。」
「すまねぇ・・・」
まさか、そいつって・・・ 「ケン、すまんがここは死んでくれ。」
「冗談じゃない、いくら俺が独り者だからって勝手に決めるな!」
「でもおめー以外に独身の奴はいねーんだよ。」
「だからって・・・。」
反論をしようとする俺に三人が暗い笑みを浮かべながらたたみかける。
「それに元々これはおまえが言い出した計画じゃないか。」
「酸素も少なくなってきているし、すまねえが・・・」
「また生まれ変わって、人生をやり直せばいいじゃないか。」
そんな、殺されちゃたまらない、何か方法は・・・そうだ。
「冗談じゃない、俺抜きで火星に着陸できるのか?」
そう、俺はパイロットだ。
俺抜きで火星に着陸できるわけがない。
「私ができるぞ。」
船長のグレイスが名のり出てきた。
「船長、もう一五年も操縦桿を握っていないのにできるんですか?システムも違うし。」
悲しいが、船長が操縦桿を握り続けた宇宙船は、今乗っている船より新型なのだ。
ほとんどオートメーション化していて、目をつぶっても着陸できる。
「じゃあどうするんだよ、このままじゃ全滅だぜ?」
「やっぱいちばん年上の船長だろ。」
「・・・お前達の中で、この船の型番と識別コードを知っている奴がいるのか?」
それを盾に使うとは・・・型番と識別コードが分からないと、不審船と間違えられて巡視船に破壊されてしまう。
つい最近そんな事件があったばかりだ。
「じゃあ、ゲイルか?」
「整備士抜きでオンボロ船を火星まで飛ばせるのか?この船のことはオレが一番知ってるんだぜ?死ぬ前に何箇所壊せるだろうな。」
不気味に笑うゲイル。
とんでもない、機体を破壊されたら酸素が抜けかねないし、通信機が故障したら通信は出来ない、どっちみちみんな死ぬのがおちだ。
「じゃあ残ったクァールか?」
「頼むよ!一ヶ月後には娘の結婚式なんだ!」
「待て、クァール。
お前の娘はまだ一四歳じゃなかったか?」
「うっ、それは・・・その・・・」
嘘だ、ならば死ぬ奴は決まった。
「ああそうだよ、俺の娘はまだ一四歳だよ。
でもな、このなかで誰か通信コードを知っている奴がいるのか?」
コードを知らなかったら通信回線は開けない。
型番や識別コードが分かっていても、通信できなかったら意味がない。
そうこうしているうちに、最後の酸素タンクが切れ、見る見る気圧が下がってきた。
俺達は見つけてきた酸素タンクを一気に開けた。
これで最後だ、もう酸素がない。
みんな静かになってしまった。
「ちょっと待てよ・・・」
沈黙を破ったのはグレイスだ。
「乗組員の誰かが死んだような運送業者には、注文なんか来ないんじゃないか?」
「それもそうだな。」
「ああ!」
「ということはだ、この船の中で最も不必要で、この事件の原因でもある者に責任をとってもらおうじゃないか。」
そう、ヴォリスだ。
死ぬ男はヴォリスに決まった。
俺は生きてこの船から出られるんだ! みんな武器を手に取りヴォリスの部屋に近づいた。
船長の合図で部屋に入り込むと変な空気が流れていた。
例のファニーガスとやらだ。
しかしなぜ酸素があるのだろう、計算だと、とっくの昔にこの部屋はヘリウムで満載なのに。
部屋を見渡すと、なんと植物があるのだ! それもかなり大きな。
ヴォリスは目を白黒していた。
「なに?どうしたの?ふざけてるとパパに言いつけるよ。」
こいつの口癖だが、どうしてこいつは事ある毎にパパ、パパと言うのだろう。
とりあえず、みんなに植物があったことを教えないと無意味な殺しをしてしまう。

「これで助かるぞ!」
「よかった!助かった!」
みんな驚喜している。
念のためコンピューターで酸素量を計算してみた。
結果は・・・残念なことに、これでも酸素は足りない。
みんながいっせいに落胆した。
あと一つ植物があればいいのだが・・・
「それならあるよ。」
ヴォリスが急に言い出した。
「何があるんだ、ヴォリス。」
胡散臭いが、一様聞いてやろう。
「これ、使いなよ。」
と言って出したのは『超高速栄養促進剤』とかいうものだ。
説明書によると、『貴方の植物の成長を助け大きさが3〜4倍になります。』 としか書いてなかった。
まぁいいだろう、写真を見ると全体的に大きくなるらしい。
まてよ、つまり・・・ 急いでコンピューターで計算した。
葉の大きさが3〜4倍と言うことは、発生する酸素の量も3〜4倍になるはずだ。
ビンゴだ、火星まで余裕で持つ。
みんなにその事を伝えた。
そして俺達はその植物に、『超高速栄養促進剤』を入れた。


その宇宙船は目標コースを大きく外れて不時着した。

かなりオンボロだ

二人の軍人が中を開けて見た物は、

枯れてはいるが3〜4倍にもなる大きな植物と、栄養を求めてはいずり回った根に捕まった、ミイラ化した五人の乗組員の死体だった。