ザリッ

想像していた澄んだ音と違い、なんだかざらざらしたものをさすった時のような音が響き渡る。
俺の目の前にあったのは……赤く、まるで海から引き上げられた昔の鉄のかけらのような色をした、1振りの錆刀だった。
一瞬、世界が止まった。
ゾンビたちですら止まったような気がした。
「はははははっ!そんな錆刀でどうするつもりなんですか?笑わせないでくださいよ。」
ネクロマンサーの非常な笑い声だけが森の中に響き渡る。
ただの錆刀ですか!?妖刀が!?
「……ええい!何とでもなれっ!」
ひょっとしてこれは見掛け倒しで実はむちゃくちゃ切れるとか……
近づいてくるゾンビに向かって俺はそれを思いっきり振り下ろした。

ガツッ

訂正、妖刀どころか鈍器だよ……これ。
ゾンビたちが思い出したかのように攻撃を再開する。
「うぉりゃぁぁぁっ!もうどうにでもなれぇぇぇっ!」
錆刀でゾンビたちを切り……じゃなかった、殴りかかる、まぁ丸腰よりまだましだ。
ついでに分子形成能力を使って鉄球を5・6個まとめて小型の投げナイフを作り出すと呪言を刻印してゾンビに投げつける。
「鎌鼬!」
ゾンビたちの中心でナイフが破裂、現れた無数の風の刃がゾンビたちを細切れにしていく。
何でこうなった?何で『新月』が錆刀に?
たしか学園長は『俺にしか扱えない』って言ってた、その本当の意味は?
錆刀、俺にしか扱えない……そういうことか。
俺は錆刀、いや『新月』を構え、左手でその刀身を握る。
「おやおや、観念したんですか?」
「武上!あきらめるな!」
雑音を無視して分子形成能力を『新月』にかける。
ゆっくりとスライドさせ、刀身をなでる、そしてなでた後には『新月』の、その妖刀といわれる由縁となった刀身が真の姿を現した。
まばゆいばかりに輝く刀、その刀身は……明らかに周囲の霊力を吸い取っていた。
『新月』は、持ち主の俺を含め、降龍寺、倒れている四守、天野、明津、美邦、ゾンビたち、鵺、そしてネクロマンサーの霊力を吸い、まるでその復活を喜ぶかのように輝きを増していった。
見る見るうちに霊力でその体を保っていたゾンビやホムンクルス、そして降龍寺が召喚した白鬼や赤牛なんかも砕け、散っていった。
降龍寺も霊力の消費のしすぎで気を失ったようで、倒れた。
俺も霊力の消費のしすぎで視界がぼやけてきた、まずい……
「くっ、これは!?危険です!鵺!あいつを殺しなさい!」
ぼんやりと鵺が襲い掛かってくるのが見える。
でも体はもう少しも動かない、もう……だめだ。
しかし俺の体は何かに操られるように動き、『新月』を体の前に構えた。
鵺は『新月』に噛み付こうとその大きな口を開け……そのまま真っ2つに切り裂かれた。
まるで溶けかけたバターを切り裂くようになんの抵抗もなく『新月』は鵺の固い骨格や皮を一緒に切り落とした。
この刀は……いったい……
俺の霊力もとうとう底をつき、視界が真っ暗になった。

「武上君、武上君!」
天野の呼ぶ声がする、ここは?
「よかったぁ……みんな!武上君が気がついたよ!」
目を開くと見覚えのない天井が見えた。
……ちょっとだけ、目を潤ませ、覗き込んでいる天野を期待した俺って……
それよりもみんなは!?
「ここは!?みんな無事か!?あのネクロマンサーは!?『新月』は!?」
「落ち着いてよ武上君、もう全部解決したんだから。」
「そうそう、ったく、俺が気絶してるうちに全部いいとこ取りしやがって。」
「もう、あんな強力な刀持ってるなら早いうちに使ってくださいよね。」
「武上くんすごいね〜、『新月』に選ばれた人だったんだ。」
四守達の話によるとその後、あのネクロマンサーは騒ぎを聞きつけ、駆けつけた先生たちに捕まり、警察に捕まったそうだ。
ゾンビやホムンクルスは全部『新月』に霊力を吸い取られ、腐った肉片と穢れた土になり、あの広場はしばらく使えそうにないこと、そして霊力を吸い尽くされた俺たちは病院に送られ、みんなは気を取り戻しても俺だけ気を失い続けて……現在に至るらしい。
どうやら『新月』は『周囲の霊力を吸い取り、鋭さを増すが、非常に錆びやすい刀』だったらしい。
念のため、ちょっと怖かったがもう一度『新月』を抜いてみたが、すでに錆刀に戻っていた。
「それでだ、今後の待遇について母上から聞いたのだがな……」
俺たち(特に四守)が一番気になっていたこと降龍寺から結果がもたらされた。
「『特別に単位を与えるが、また別の黒帳を与える、なお、班変えは認めない』とのことだ。」
……マジですか。
一同の顔がうんざりしたものに変わっているのがわかる、だが俺はどこか、またこの面子でやれることがうれしかった。
ふと外を見ると雪が降っていた、そろそろ冬休みも近い。
俺はどことなく、今年の冬休みは、去年より楽しいものになりそうだと期待に胸を膨らませた。


Back