「お〜い、天野、どこだ〜っ?」
裏山は昨日よひ日が落ちているせいかかなり暗かった。
ふと不安になりPIPTを見てみる、時間は……
「げっ!逢魔おうまときが近いじゃん!」
逢魔が時は、簡単に言ってしまえば夕方の、それもほとんど日が暮れかかった時間のことだが、この時間帯が一番危険極まりない。
別に不審者とかの問題ではないが、この時間帯が一番多く負の気が流れているから、悪霊や魔物が昼間と比べてムチャクチャ強いんだ。
そして、普段はおとなしいはずの霊や魔物が人に襲い掛かりやすくなるのもこの時間帯でもある。
特に、一般人より霊力の高い俺たちは、悪霊や魔物たちにとっては格好のえさだ。
だから普通、術者は逢魔が時の外出を避けるのだが……
「お〜い、天野、早く戻ろうぜ逢魔が時が近いぞ〜っ。」
俺の玻璃や天野の裟琥夜を召喚すれば、逢魔が時で強力になった悪霊なんかも蹴散らせるんだが、あの学園長に見つかっているとなるとそう簡単に玻璃を召喚するわけにはいかないし、天野の裟琥夜はまだ見つかっていない可能性がある。
俺は例外みたいな感じで見逃してもらえたが、天野も100%同じだとは言い切れない。
それに天野と裟琥夜の関係は、いかにも『主人と従者』といった感じだ、あまり期待できない。
「……何をひとりでぶつぶつ言ってるんだ?お前は。」
うおっ!降龍寺!?なんでお前ここに!?
「なぜお前がここにいるんだ?天野は何処だ?」
「おい、ちょっと待った、お前も天野に呼ばれたのか?」
「……そうでなければ俺はもう帰宅している。」
じゃあ一体何のために? 「お〜い、武上!降龍寺!お前等何でいるんだ?」
「あれ〜っ?し〜ちゃん達も舞に呼ばれたの?」
「奇遇ですねぇ……こんな時間、こんな場所にみんな集まってるなんて。」
まるで呼び寄せられたかのように、(まぁ実際呼び出されたわけだが)なぜか全員が広場に集まっていた。
しかし、当の天野がまだ来ていない、ん?待てよ……どうも腑に落ちないことが……
「でも変だねぇ……GPSはここを示してたのに……舞ちゃんはどこ?」
「それは……ここさ。」
聞き覚えのない声に思わず振り返る、そこには昼間のネクロマンサーがいた。
そして、その横にはぼろぼろになり、両手両足を縛られ、さるぐつわをかまされた天野がいた。
ネクロマンサーと俺の目が合う、その瞬間俺は怒りで頭がいっぱいになった。
あの野郎、天野にあんなことしやがって、あんなにぼろぼろになるまで攻撃しなくてもいいじゃないか、自由を奪わなくてもいいじゃないか、なんで天野にあんなことを、許せない、絶対に許せない、そもそもあんな奴、ネクロマンサーなんて職業の奴死んでしまえばいいんだ、俺が殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるコロしてやるコロしてやるコロシテヤルコロシテヤルコロシテヤルコロシテ……
「正気に戻れ、武上。」
はっ、俺は何を?
「あいつ……相当の使い手だ、目を合わせただけで精神干渉をしてきた。」
そう言う降龍寺の額にも汗が浮かんでいる、一体何がどうなって?
「聞いたことがあります、たしかどこかの術で、人の目を見るだけでその人の精神をのっとることが出来る術があると。」
それを俺たちはかけられたってのか?横を見ると四守が必至に明津を抑えていた。
「たぶん……俺たちを暴走させて楽に口封じでもするつもりだったんだろ。」
「ふん……下らん、俺たちはこれでも降龍学園のエースだ。」
「まだ1年ですけどね。」
相手は人を小ばかにしたような笑みを浮かべながら言った。
「やれやれ、狂ったまま死ねたら楽だったのに……さぁ、私の下僕たち!この愚か者達を殺してしまいなさい。」
次の瞬間、雪崩のようにゾンビとホムンクルスの群れが俺たちに襲い掛かった。
すばやく腰に手を回し三鈷杵を……ってしまったっ!
レンタルしてないものを持ってるわけもなく、俺の腰には妖刀『新月』が揺れていた。
しかたなく炎の符を投げ、火弓で近づくゾンビを焼いた。
「ゆけっ!白鬼!赤牛!蒼狼!」
降龍寺の式神がゾンビたちに立ち向かっていく。
「光の民よ、裁きの光で悪しき者を照らしたまえ!」
明津がゾンビを消し飛ばす。
「おるぁぁぁぁっ!食らえぇぇぇっ!」
四守が魔槍『鬼牙』で相手を突き刺し、回転し、細切れにしていく。
だがそれでもゾンビやホムンクルスはうじゃうじゃといた。
「ええい!邪魔だ!」
魔道銃が火を吹く、雷撃を伴った銃弾は一定の距離を飛ぶといきなり炸裂、周りのゾンビたちを灰に変えている。
「……a sea of flame!」
美那の炎がホムンクルスを焼き払い、その後の熱風がこなごなに粉砕する。
相手は人の形をしていても所詮材料は腐った肉か土だ、簡単な術でさっさとけりをつけてやる。
「数ばっかりじゃ勝てないんだよっ!雷光!」
放っておいた鉄球が雷の網を作り出し、一気にゾンビを炭化させる。
「でもここまで数が多いとっ……危ねっ!」
四守の至近距離をゾンビの棍棒が通り過ぎる、あんなの食らったら絶対無事じゃすまない。
「……divine forgiveness!しつこいですねっ!」
明津が空中に雷の珠を出現させ、ゾンビたちに雷が落ちる。
「もともと装備も少ないからな……きついぞ。」
俺も練習用の装備しか持ってないからはっきり言って呪符の数は少ない、だがゾンビやホムンクルスの数にも限界があるはずだ。
「みんな!広い範囲で出来る攻撃だよっ!」
「ちょっと待て!俺は術なんか使え……」
『ガツッ』 鈍い音に振り返ると四守がゾンビに殴り倒されていた。
「四守っ!くそっ、烈火!」
四守に群がろうとするゾンビを一気に焼き払う、ちっ、炎の符がもうない!
「ええい!このっ!」
降龍寺も弾切れらしく、すでに三鈷杵で戦っていた。
「ふふふ……なかなか手ごわいですねぇ……それなら、これでどうですか?」
そういうと、地面がいきなり闇に覆われた、これってひょっとして!
暗黒の中から一体の怪物が出てきた、頭は猿、胴は狸、尻尾は蛇、手足は虎といういわゆる……
ぬえかっ!」
はっきり言って強い、ゾンビやホムンクルスとは天と地ほどの差がある。
「さぁ鵺よ、愚か者達を抹殺しなさい、そしてその後であのにっくき降龍寺家に復讐を!」
なるほど……やっと筋書きが読めてきた。
この黒帳はこの男、いや、この男の一族が企てた復讐だ。
やり方は単純明快、ゾンビやホムンクルスを大量に召喚し、それを一気に降龍学園に襲いかからせるんだ。
そしてゾンビやホムンクルスが生徒達を恐慌状態に陥れさせている隙に、この鵺や他の強力な魔物で先生達を襲うつもりだ。
多分この男はかつての没落貴族か宮廷術者の末裔なんだろう、どちらも降龍寺家の発展とともに闇に葬られてしまった家系が多い。
恨みは深いから当然『説得して万事解決』なんて事には絶対ならない、ってことは……
「全部倒すっきゃねえのかよっ!雷牙!」
ホムンクルスを雷で吹っ飛ばす、残りの札も後は補助に使う土の呪符だけだ。
「I wish……きゃあっ!」
「真理子っ!きゃっ!」
「美那っ!明津っ!」
2人がほぼ同時に倒される、これで残ったのも降龍寺と俺だけだ。
まずい、逢魔が時も近いしアレを使うしか……
「悪い、降龍寺、今からやることは見逃してくれよ……」
「何をするつもりだ!?」
俺は答えず、変わりにいつも唱えなれている呪文を唱えた。
「我、魔性を呼び、魔性と戦う者なり、古の契約に従い今こそ我に力を与えたまえ!」
「ヤッホーッ、やっと出番?」
「お前!」
「頼む玻璃!」
「言われなくてもっ!」
そのまま玻璃がゾンビたちに襲い掛かる、ゾンビたちは玻璃の光を浴び、こなごなに砕けていく。
「守神!面白いですね……いきなさい!鵺!」
「このっ、離しなさいよっ!こらっ!」
鵺がいきなり玻璃を捕まえ、地面に押し倒した。
「玻璃!?このっ!離れやがれっ!岩壁!」
岩の壁が玻璃が押し倒されている場所から出てくる、岩は玻璃と鵺を押し上げると崩れ去った。
「まだまだっ!結界!」
鉄球を鵺の周りに集め強力な結界を作り出す。
「無駄ですよ!破っ!」
相手は杖の先から閃光を放ち結界を砕く、ちっ!向こうの霊力のほうが高い!
「行けっ!白鬼!」
「お返しよっ!神炎乱舞!」
白鬼と炎の塊が同時に鵺に襲い掛かる、だが次の瞬間、鵺は白鬼をねじ伏せ、紙一重で炎をよけた。
ふと殺気を感じて横を見ると、俺のすぐ近くをゾンビの鉈が通り過ぎた。
よくよく回りを見ると、俺たちはすでにゾンビやホムンクルスたちに囲まれていた。
「このっ!散れっ!化け物め!」
……あんたも十分化け物だと思うんですけど。
降龍寺の周りには切り裂かれ、倒れたゾンビやホムンクルスが軽く20体はいた。
ってこっちはもう丸腰だぞ!?こんな数相手にできるわけないだろ!
俺の心の中の叫び声を無視し、非情にもゾンビの鉈が振りかざされる、何か武器は……
「こいつがあったっ!」
もう妖刀でも何でもいい!今の状態を救ってくれるなら!
俺は期待と不安を胸に『新月』に手をかけ、その呪われた刀身を抜きはなった。


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