男子のロッカールームではもう何人か着替え初めていた、俺も着替えよ。
自分の番号のロッカーの画面にPIPTの赤外線センサーを向け生徒情報を送信、パスナンバーを入力し扉を開くと担いでいた袋とブレザーを放り込む。
そして袋を開く、中には防具ともう一つ、膨らんだ袖口と裾という独特のシルエットの青い服―――道服の一式が入っていた。
制服をハンガーに掛け、下着姿になると右腕と両足のすねに、それぞれ合革製のすね当てと籠手をはめる。
(左腕はPIPTがあるから無理、というかこれは強化プラスチック製なので籠手より堅い)
そして胸にも合革製の胸当てをつけると道服を着込み、袖の中に呪符の束と鉄球が入った袋を入れ、帯に三鈷杵を挟み込む。
これで準備完了だ、周りのみんなはそれぞれ黒のローブや法衣、 篠懸しのかけや狩衣なんかに着替えている。
 べつにコスプレとかではなく俺もみんなも大まじめなんだが、部外者に言わせると「なんか間抜け」
らしい。
こっちの苦労も知らないでいい気なもんだ……
まぁ、半分はコスプレみたいな物だがそれも自分の気分を盛り上げるという理由がある。
俺たちみたいに霊力(魔力・法力などいろいろ言い方はあるが俺はそれで通している。)を持つ者たちが、自分の霊力をより強く引き出すために一番必要な物は『気分』だ。
あまり気が乗らなかったり、やる気が無かったりするといくら呪言(俺が好んで使う術の呪文)を唱えても、威力はかなり弱い。
プロたちの多くは気が乗らなくても自分の霊力をコントロールすることができるが、俺たちは学生だし力の使い方も正直あまりうまくない。
なので少しでも自分の気分を盛り上げるため、道服や法衣なんかを着たりするのだ、他にも、術中に意味の無い言葉を連ねたり、日頃から座禅を組んだりして気分を盛り上げたりする奴もいるらしい。
(俺にはそんな芸当絶対に無理だ)
そして残りの半分の理由はというと、昔の術者が試行錯誤を繰り返し、数多の現場をともに駆け、作り出されていった服だけあって、術を使うのに非常に機能的だからだ。
例えば、俺がよく使う道術なんかは呪符などの 依代よりしろを多用し、少ない霊力を増幅させて強力な技を繰り出すのが魅力的な術だ。
だけど投げる呪符を間違えたりすると大変なことになるし、かといっていちいち確認してたら返り討ちに合うのだが、幅広の袖口に呪符を入れ、どこにどの呪符が入っているのか分かってさえいれば、その心配もない。
っと、んな事考えてるヒマは無いか……
俺は道服姿を鏡で確認すると、ロッカーの扉を閉め、オートロックが掛かるのを確認すると外へ出た。
 すれ違いざまに何人かが入ってくる、沈んだ顔をしていると思ったら手には 独鈷杵とっこしょが握られていた。
 三鈷杵と独鈷杵、あとついでに俺は見たことが無いが 五鈷杵ごこしょは同じ金剛(こんごう)杵(しょ)という法具の仲間で、端にある爪の間から電光を伸ばし、光の剣となって魔性の生き物たちを追い払うための法具なのだが、独鈷杵と三鈷杵では破壊力が違いすぎる。
実を言うとこの三鈷杵は密教で使われる物で、俺が使う道術の武具では無いのだが、かなり人気があり、15本レンタルでおいてあるのだが、急がないと手に入らないし、中には私物として持ち込んでいる奴もいる。
 俺は昇降口へ行き、靴を履くと、グラウンドに向かった。
たしか今日は実習授業のグループ決めの後、悪霊や魔物が関わっている事件(通称、『黒帳』)の下見に行かなきゃいかんらしい。
(年に3回、黒帳を解決することが進級のノルマで、学校が担当する黒帳は、比較的危険性の無い物を、依頼主の了承を得て、こちらに回すらしい。)
下見が一番危険極まりない、どんな黒帳なのかある程度しか知らされないからだ。
実際これで2回目だし、まだまだひよっこの俺らだ……ちょっと心配だな。
念のため呪符を確認する、問題ない。
次に三鈷杵を発動させてみる、一方の端にある3つ又の爪の中央に光の玉が現れ、俺が流し込む霊力に応じて伸びてゆく、こっちも問題なさそうだ。
そして最後に鉄球をいくつか取り出す、1粒がパチンコ玉より一回り大きい位の鉄球だ。
それらを握り、『意識』を集中させる。
すぐさま手慣れた変化が起こった、グニャリと鉄球がつぶれ、ねじれ、変形していくのが分かる。
そしてできあがったそれを人差し指と中指で挟みこむ。
そこにはペン位の長さの刃があった、俺の能力も問題ないみたいだ。
 俺の能力は、『分子形成能力』といい、万物を司る分子配列を触れるだけで自由に組み替えたり、形を変える事ができる優れもの……らしい。
ただし、あまり複雑すぎる分子(有機物とか)や液体なんかを形成するには時間がかかるし、気体に至っては形成することができない。
他の奴には真似できない、俺だけの能力だ。
 っと、そろそろみんな集まってきたな。
俺は手にしていた刃を鉄球に戻し、袖の袋の中に放りこんだ。
ぞろぞろとみんなが整列をし始め、俺もその隙間に入り込む。
 整列が終わり出席の点呼が終わると即座に先生が説明を始めた。
「あ〜、前々から言っていたように今日は下見に行く訳だが……その前に6人1組でチームを作れ、以上だ。」
それと同時に皆チームメイトを捜して動き出す、俺も探さないとな、まずは……
「お〜い、武上、組もうぜ。」
おっ、ちょうど俺も探していた所だ。
俺は声の主の方向へと向かう。
  四守 香月しもり かづき、浅黒い肌をした、いかにも「俺は野性派だっ!」
と全身で表現してるような奴だ、Tシャツと黒の綿パンという動きやすい服装の上に、同じく黒のジャケットを羽織っている。
服よりも黒く、獣の体毛を連想させる、背中まで伸ばした漆黒の髪を帯で縛っている。
初等部からの大親友で、俺たちは1年最強コンビと言われているらしい。
「四守か、いいぜ。」
互いに腕を上げ、籠手同士を軽くぶつける、俺たち流の挨拶代わりだ。
 四守の能力は『獣化能力―狼』簡単に言うと狼男だ。
ただ、満月の夜だけしか変身できない訳ではなく、ちゃんと三日月だろうが真っ昼間だろうが変身することはできる。
(満月の夜は本人の意思とは関係なく強制的に狼男になってしまうのだ)
ちなみに狼男の状態でもちゃんと話せるし、知識もあるので、変身した瞬間いきなり襲ってくるような事はない。
術は下手だが、今も背中に背負っている魔槍『 鬼牙きが』の使い手で、槍を持たせたら俺でも勝つ自信はない。
「あ〜っ、しーちゃん!一緒に組もうよ〜っ!!」
「ちょっと恵那!?引っ張らないでよ、って真理子もにやにやしてないで助けてよ!」
……この声は。
 ためらいながらも後ろを振り返ってみると、なぜか幸せそうな顔をした巫女装束姿の髪の長い少女。
―― 明津 恵那あくつ えながこっちに向かってくる。
ついでに言うと明津の腕の中には赤い道服姿の、ボブカットの少女―― 天野 舞あまの まいがいた。
って事は……
 その後ろにはにやりと笑い3つ編みにした髪を揺らした、黒のローブ姿の少女―― 美邦 真理子みくに まりこ(別名「マッドマジシャン」)もいた。
「恵那!いい加減にその呼び方はやめてくれ!」
「だって、しーちゃんはしーちゃんでしょ?」
「だ・か・ら!!そういう事を言ってんじゃなくて!!」
ちなみに誰が見ても明らかだがこの2人、幼なじみだ。
(四守曰く、「荷物と運び屋の関係」らしい)
別のクラスの男子の目線が恨めしそうな物に変わってゆくのが分かる。
同じクラスの男女の目線が哀れんだ物に変わってゆくのが分かる。
やめてくれ、俺たちをそんな目で見ないでくれ……
この3人、あまりかなり有名な点とそうでない点がある。
まぁ、有名な点は見ての通りのそれぞれタイプこそ違うがかなりの美人だ、明津は大和撫子で着物が似合いそうな感じで、天野は活発な感じで、無邪気に微笑まれたらドキッとくるだろう、美邦はかなり大人っぽく、上級生にも見えかねない。
だが、この3人は俗に言う『見た目はいいんだけど……』というタイプだ。
明津は天然ボケのトラブルメーカーで、目を離せばかなりの確率でトラブルを起こす。
天野は口より先に手が出るような奴で、下手な事を言えば平手を通り越してけたぐりが跳んでくる。
美邦は正直かなり電波っている、言ってる端々がかなり怖いし、引く。
ついでに性格もむちゃくちゃ悪い。
「あら、てっきりいつものように熱い抱擁でもするかと思ったのに。」
今も周りの連中の殺意を買うような事言ってるし……
「……たまに思うんだけど、お前のそれってわざと?」
一応聞いておく。
「はい。(笑)」
……決めた、こいつとは必要以上絶対に話さないでおこう。
 ひとしきり口論(口論か?)も終わったようで、四守と明津は後1人、メンバーを捜している。
ん?妙な視線が……
あぁ、忘れてた。
 後ろには天野が何か言いたそうな顔してこっちを見ていた、まぁ、言いたいことは分かるが……
「よろしくっ!」
短くそう言い終わると、まるで逃げるかのように、返事をするヒマもなく、天野も人混みの中に紛れてしまった。
……何だったんだあいつ?
まぁ、これでいちいちメンバーを捜す手間も省けたって事だ。
俺は最後の1人を捜すべく、人混みをかき分け始めた。

 しばらく空振りを続けていると、明らかにドーナツ現象の起こっている地域があった、あんなのを作れるのは間違いなく……
「俺が組むのは誰でもいい、確実に俺についていける人間なら誰でもな。」
……こんな無理難題を平然と言ってのけられる奴は1人しかいない。
とりあえず声をかけておくか。
「お〜い怪物、組まねぇか?」
その端正な眉をピクッと動かし、狩衣姿の『怪物』――― 降龍寺 武衛こうりゅうじ たけもりがこっちを向いてきた。
「……お前は、その言い方はやめろと言ってるだろう。」
「いや、あんたほどの『怪物』はいないぞ?少なくとも俺の周りには。」
 そう、俺たちが2人で最強と言われているのに対し、こいつはたった1人で学年最強と言われている、別名『怪物』だ。
(命名、俺)
ついでに言うとこの『降龍学園』の創設者、降龍寺 兼明かねあきの末裔で、降龍寺家の跡取りでもある。
「お前はもうチームを作り終わったのか?」
おっ、何か向こうからオファーが来たよ。
これは誘わない手は無いな。
「いや、後1人だ、お前が来ればな〜なんて思ってたんだが、無理?」
「……いいだろう、お前たちなら確実に俺たちについていけるだろうしな。」
周りがかなりざわついている、まぁ、そうだろうな。
「じゃ、来いよ、みんなを捜さんと。」
周りのざわつきを無視し、俺は降龍寺と共にその場を離れた。

何とか全員チームを組み終わったらしく、そこには13のチームができあがっていた。
「よ〜し、じゃあそれぞれチームの力(霊力のこと)と実戦成績から黒帳を割り当てるぞ。」
俺たち『Kチーム』に割り当てられた黒帳は、『出所不明の魔物の送還、および原因の究明』だ、割と簡単そうだな。
だいたいこういう時は大抵どこかの祠が何らかの拍子に壊れてしまい、そこから異界(魔物や悪霊のすむ世界)への門が開いてしまったんだろう。
簡単な祠を作り直し、神降ろしの舞を舞えば終わりだろう。
送還も簡単だ、彼らはあくまでこちらに来てしまいとまどっているだけなので、こちらが異界の門まで案内してやれば勝手に帰ってくれるはずだ。
「この程度なのか?俺1人で十分だな。」
……こいつなら本当に1人でやりかねないな。
「おい、俺たちが受け持った黒帳だろ?1人で出しゃばんなよ。」
「俺はあくまで感想を言ったまでだが?」
「お前なら本気でやりかねないからな、抜け駆けすんなよ。」
それは俺も思った、というかマジで前の実習授業は本当に抜け駆けしたし。
以前こいつは実習授業でグループのメンバーを無視し、自分1人で実習授業を片づけてしまったんだ、当然、成績もこいつが全部独り占めだ。
当人の言い分は『いちいちメンバーと行動するのがめんどくさかった』らしい。
……そういえば四守、前の実習授業でも降龍寺と一緒とか言ってたっけ?そりゃ仲も悪くなるな。
「お前たちが足手まといにならなければ俺は協力するが?」
「てめーのそういう所が気にくわないんだよ。」
「ほう……気にくわないとどうするんだ?」
おいおい、売り言葉に買い言葉じゃないか……って何か2人とも武器構え始めてるし!
四守は『鬼牙』を、降龍寺も腰に吊ってあった『魔導銃』を(弾丸に霊力を込めて撃つ拳銃、かなり高価で、一介の学生が持つような代物じゃない)構えている。
これじゃ結成早々解散(というか爆散)するぞ?
仕方ない、俺が一肌脱ぐか。
「おーい2人とも、足手まといだのどうのは知らんが早い所決着つけてくれないと置いてくぞ?」
よし、効果抜群だ。
2人が武器を納めるのを視界の端で確認すると、俺たちKチームは、現場に向け出発した。


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