この降龍学園は基本的に全寮制だ。(例外、降龍寺)
別に部活なんかやる気のない俺は当然のごとく男子寮の自室に戻る。
1LKの質素な部屋だ、まぁ1人1部屋割り当てられてるんだから感謝しなきゃな。
食事の時間まで結構あるため導引をしておく。
独特の呼吸法を取りながら体を少しずつ動かす。
外からの霊力が体の中に入ってくるのがわかる。
最後に直立の姿勢に戻ったときにはかなりの量の霊力が回復していた。
 さて、次は技の方だ。
まず一通り筋トレをこなす、次に技のカンが鈍らない様にするため木刀で一通りの技をやってみる。
 最後に術だ、さすがにこればっかりは室内でやるわけにもいかない、俺は練習用の道服を着込むと呪符の束と鉄球の袋を取り、裏庭へ向かった。

 降龍学園のいいところは山に囲まれているところだ。
ここは霊山の麓なので、霊力の源となる『気』はかなりいい。
ついでに裏山の敷地が広いのでこっそり練習しようが何しようがあまり気づかれることはない。
いつも通り術の練習をしようといつもの広場に行くと先客がいた。
 天野だ。
 ちっ、チームメイトとはいえさすがにアレを練習するのだけは勘弁してもらいたい。
俺は人に何か努力している所を見られるのがとことん嫌なんだ。
どこか別の場所に行こうとしたときに聞き覚えのあるその呪言は聞こえてきた。
「我、魔性を呼び、魔性と戦う者なり、古の契約に従い今こそ我に力を与えたまえ!」
 そしてこれまた見覚えのある道具――憑代玉よりしろだまがある腕輪から銀の閃光がほとばしる。
中から現れたのは修験者がよく着る篠懸姿に六角棒を持った、頭は烏、体は人間、背中には闇夜より黒い一対の翼――烏天狗からすてんぐが出てきた。
これは『憑代込め』という術で、魔物を憑代玉に封じ込め、それを必要なときに出現させ戦わせる術だ。
たしか学校では一度これでかなり大きな事故が起こり、今ではほとんどの生徒は教えられていないはずだが……
「お呼びか?我が主。」
「お願い 裟琥夜さくや、また稽古をつけてくれる?」
「それはいいのだが……誰かいるぞ?」
ヤバイ!ばれたっ!! 驚いた様に天野が周りを見回してる、さすがは烏天狗、もう気がついたか。
裟琥夜と呼ばれた烏天狗は早くもその団扇を振りかざし、俺が隠れてる木を吹き飛ばそうとしている、冗談じゃ無い!
「おい!俺だ!ちょっと待った!今出てくるからマジで待って!」
「武上君!?」
俺の声を聞き天野がかなり動転している、まぁ、同級生のそれも同じチームメイトに烏天狗を召還している所見られたら普通そうだろうな。
仕方なく木の陰から顔を出す、まぁ、ばれたってどうでもいいや。
「武上君、これには、ちょっと……いろいろ訳があって……」
ん?なんかいつもと感じが違う、何というか『女の子らしい』って奴か?
「心配するな、俺もお前と似たような事しに来たんだしな。」
その言葉を聞きぽかんとした表情の天野を置いておき、俺も呪言を唱える。
「我、魔性を呼び、魔性と戦う者なり、古の契約に従い今こそ我に力を与えたまえ!」
天野がかなりおどろいている、まぁ俺も正直、俺以外にこれを使っている奴がいるなんて思わなかったが。
 俺がいつもつけているペンダントにはめられている憑代玉から銀の閃光がほとばしる、中から見慣れたシルエットが浮かび上がる。
夜のような長い黒髪に巫女装束、首にはしめ縄が首輪のように巻かれている、そして犬を思わせるしっぽと耳をはやした少女……
一応(俺は断じて認めないが)俺の守神、狛犬の玻璃はりだ。
実は俺も玻璃に頼んで新しい術の稽古をつけてもらおうと思ってた所だ。
「呼んだ?隼人?」
……こいつは一応守神で俺はその主人なのだが、いつもため口を聞いてくるのだ。
別に『常に主人を敬う』ってのが守り神じゃないんだが、〈守神がため口=守神になめられている=力量不足〉と勘違いされるから人前でこいつを出すのは嫌なんだ。
「なっ、なんで武上君まで守神を?ってか出てきていきなり下の名前!?」
……前半はともかく、なぜ後半も?
「まぁ、そういう事だ、お互い似たもの同士、仲良くしようぜ。」
まぁ、これは半分『お前のことは誰にも言わないから俺の事も誰にも言うな』というメッセージが込められていのだが……
何を勘違いしたのか手を差し出している、別に友達になろうとかは言ってないんだが……
とりあえず握手をしておく、手を離した後もなぜか天野の手の感触が手のひらに残っている様な気がした。
向こうは顔を赤くして手をしげしげと眺めている、何か手に付いてたっけ?
妙に気まずい沈黙が俺たちの間に流れる、それを破ったのは守神たちだった。
「我が主、用が無いのなら帰りたいのだが?」
「隼人、用が無いなら帰るよ〜?」
とりあえず練習するか、まぁ天野は……向こうは向こうで練習するからいいか。
「わるい玻璃、新しい術教えて。」
「またぁ?もう、たまには自分で文献読んで習得しなさいよ。」
「まぁまぁそう言わずに。」
「しかたないなぁ……」
そのまま技の練習に入る、まぁ練習って言っても玻璃に技の効果や呪言、呪符の書き方を習って後は実戦あるのみだ。
玻璃の手が複雑な印を刻み出す、だいたいあの型だと……
「神炎乱舞!」
玻璃の両腕に炎の固まりが現れ、踊るように不規則にこっちに飛んでくる、こうなると使う呪符は……
「水弾(すいだん)!」
水の呪符を使い水の球を打ち出す、うまい具合に打ち落とせた……かに見えた。
だが俺の水の球は炎に触れると即座に蒸発、あっという間に虚空へと霧散した。
「あぁ、言い忘れてたけどその炎、水で消せるような温度じゃないよ?」
「んな事聞いてねえぞ!っていうかそんな物どうやってうち消せばいいんだよっ!」
「だ〜か〜ら〜、やめた方がいいって言ったのに……」
そういわれてもまさかそこまで強烈な技を出されるとは思っても見なかったぞ?
待てよ……消せないんだったら……
俺はピンとくる物があって呪符と呪符を組み合わせた、これがうまくいくなら……
鎌鼬かまいたち!結界!」
2つの呪符を同時に投げる、するとまず結界が2つの炎をまとめ上げ結界の中に封じ込める、そしてその中で鎌鼬が発動、炎を細切れにしていく。
「さらにだめ押しっ!もう一発、水弾!」
もう一度水の球をを打ち出す、ちょうど再集結しようとした炎の中心部を消すことができ、残りの炎も半ば連鎖的に消えていった。
「ふ〜ん、結構隼人もやるようになったじゃん。」
「まぁな。」
「じゃ、今日は雷牙を教えるよ〜。」
 玻璃に新しい術のレクチャーをしてもらい、それを即座に試してみる。
「雷牙!」
 呪符がはじけるように破け、雷でできた牙が手に宿る、それを思いっきり的の木ぎれに叩き込んだ。
手から牙が飛び木ぎれに殺到する、当たった瞬間、木ぎれは雷がはじける音と共に黒コゲになった。
「お〜、初めてにしてはなかなかだねぇ。」
「中法(ちゅうほう)にしては簡単だな、ひょっとして俺、格闘系統の術が得意とか?」
「こら、そうやって調子に乗ると大けがするよ。」
 俺が使う方術には大きく分けて下法、中法、上法と3つの技のランクがある。
まず下法、火弓や風刃など威力は低いが速度が高い物なんかがそれだ。
次に中法、さっきの鎌鼬や烈火など、威力、速度共にまあまあの物がそれだ、投げ方や霊力の大きさで1人だけを狙ったり、あたりを一気に攻撃したりできるのが利点だ。
最後に上法、まだ俺は使った事が無いが爆炎や烈風など辺り一面を、それこそ地形すら変えかねないほどの破壊力で攻撃する物だ。
 ちなみに俺が使えるのは下法は火弓・風刃・雷光・水球・岩壁、中法は烈火・鎌鼬・雷牙そして結界術の8つだけだ。
玻璃に言わせれば『まだまだ半人前』らしい、まぁ、下法がようやく全部使える程度じゃなぁ……
天野の方の練習もそろそろ終わりのようだ、舞のように鮮やかな戦いをしていた2人が動きを止め、礼をする。
「ん〜?ひょっとして気になる人とかぁ?」
玻璃がジト目で見てくる。
「まさか、それは無い、ってかお前、練習終わったんだから戻れよ。」
「戻りたくても呪言唱えてくれなきゃ戻れないよ?」
あっ、忘れてた。
「「我命ず、汝我が血我が肉果てるまで、共に戦わん事を。」」
ちょうど向こうも守神を憑代玉になおしたらしく、広場には俺と天野が残った。
う〜ん、妙なこと玻璃がいいやがるから緊張して何も喋れん……
「いっ、いや〜びっくりしたねぇ、まさか武上君にも守神がいたなんて。」
……明らかに無理してるのがわかる、まぁせっかくのお誘いだ乗らなきゃ。
「いや〜こっちも、まさか俺以外にも守神がいる奴がいるなんて全然知らなかったよ。」
「でもなんで武上君は守神を?」
これは『何で守神に憑かれているのか』という意味で言ってるんだろうな。
まぁ、普通は子供の時からだが弱かったから霊媒(れいばい)師(し)に降ろしてもらったとか、代々家に憑いている一族だとかだろうが……
「う〜ん強いて言えばあいつなりの恩返しって奴かな?」
「恩返し?」
「ああ、小さい頃、自分の能力を初めて知ってからほとんどそれ遊び半分で使ってたんだよ。」
「……それって結構危なくない?」
「……まぁ、そうなんだけどさ、とりあえず遊んでいた訳だよ、ある時家族で旅行に行ったときにな、かなり荒らされた神社があったんだよ。」
「ふんふん。」
「特に狛犬がひどくてさ、何したかわかんないんだけどもうほとんどバラバラ死体状態、ついでに落書きだらけだったんだよ。」
「へ〜っ、で?」
「でさ、『あぁ、これは俺の力を正義に使うべきだな』って子供心に思ったんだよ。」
「で、治したんだ。」
「あぁ、で、その狛犬に憑いていた霊が玻璃、つまり今の俺の守神。」
「ふ〜ん。」
「で、そっちは?」
「あたし?あたしの方はね……やっぱり秘密。」
「おいおい……ま、いっか。」
言いたくないんだったらそれだけの理由があるんだろ。
「でも武上君、以外と優しいんだね。」
はい?何ですと?
そのまま足早に広場を去り、寮に向かっていく天野を俺は呆然と見送るしかなかった。
ちなみにこの話は四守にも1回したことがあるんだが、その時は「お前、それ結構ばかばかしくないか?」と一蹴されてしまった。
俺が優しい?俺が?
何というか……胸の奥底からわき上がる妙なうれしさは何だろうか?
叫び出したくなるような、誰これかまわずに今起こった事を言いふらしてやりたいようなこの気持ちは。
こらえきれず、俺は叫んだ。
「ヨッッッッッシャァァァァァァァァァッ!」

 夕飯を夢中でかっ込みさっさと自室に戻る、周りの連中は「修行でも成功したのか?」とか「クルイダケでも食ったんじゃ無いのか?」とか言ってるが気にならない。
風呂に入り、なぜかいつもより勉強もはかどる、明日は休みだ、何をしようか?
そんな時、俺のPIPTがメールを受信した、何々……降龍寺からか。
『明日、再びあの森の調査を行う、全員AM10:00に校門前集合』
あいつらしいといえばあいつらしいメールだ、さっそくメールで返事を送っておく。
さて、明日も調査って事は天野に会えるんだ。
俺は少し早いけど……明日もハードな一日になりそうだな……
PIPTを充電器にセットし、モードを置き時計モードにしておくと、明日に備えてさっさと寝ることにした。


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