「なぁ、なんかおかしくないか?」
「どうした?獣のカンか?」
「いや、マジメな話で……」
ちゃかしてはみたものの俺も薄々感じている。
昨日の反省を生かし、道の数メートル間隔に印を付けているから迷う心配もなく、俺たちは森の奥深くまで来ていた。
だがまるで俺たちを拒むように森を進めば進むほど悪霊たちの数が多くなってくるんだ。
昨日と比べものにならないほどの数だ、かなりの陰の霊力(霊力には陰陽、つまり簡単にいえば+と−があり、魔物たちの多くは陰の霊力を吸って強力になる)を吸っているようでさっきまでに24匹もの餓鬼を倒している。
「……これは?」
「どうかした〜?」
「誰かがここにいたようだ、これを見ろ。」
そういって降龍寺は煙草の吸い殻を摘んで見せた。
地面が湿っているにも関わらず、その吸い殻は乾いていた。
「誰かここを管理してる職員とかが吸ってたんじゃねえのか?」
「いや、管理してる人がポイ捨てはまずいだろ、つーかこの森は絶対管理されてない。」
こんな獣道しかないような森が管理されてたらその管理者は絶対ストライキ中か職務怠慢だ。
「……何しに来てるんだろ。」
「確かに、こんな密林の中に来るような奴はたいていろくな奴じゃねえな……」
「私たち、今その密林の中にいるんですけど?」
「……そこはつっこまないで。」
「冗談ではなく、本当にこれはなかなか問題だぞ?」
確かに、俺たちは事件を調べるという大義名分があるが、向こうは何をしに来たのかさっぱりわからない。
ひょっとすると殺人鬼が死体を埋めにこの森へ……ということも冗談抜きにあり得る話だ。
「やだ……怖い……」
「大丈夫だ、これでも俺たちは降龍学園の生徒だぜ?まぁ、まだ1年だけど。」
「俺が普通の人間相手に負ける訳ないだろう、向こうは術も使えないんだぞ?」
「そうですよ、それにこっちは6人も術が使える人間がいるんですよ?それこそ20人くらいが束になって何とか勝てるかどうかってところですよ。」
「それも……そうだよね。」
「そうだよ〜、あたしもここならアレもできるし。」
「いや、やめろ、つーかお前、後で止める俺の身にもなれよ。」
「大丈夫だよ〜、しーちゃん強いからちょっとした霊とかならあっというまで止められるし。」
「だからその苦労を……ってかだからその呼び方やめろって言ってるだろ!」
また始まったよ、この夫婦漫才。
ちなみにアレとは明津の特殊能力、降霊能力だ。
霊を体の中に取り込み、その力を自分の力に変えて戦うもので降霊中はむちゃくちゃ強くなるのだが、はっきり言ってバーサーク状態なので相手が泣こうが喚こうがそれこそケシカスみたいになるまで破壊し尽くされようが止まらないので誰か止める奴がいないと死ぬまで破壊の限りを尽くしてしまう。(主に止めるのは四守)
こんな場所でそれをやったら何度も言うがここは国有林なので後が怖い。
「でもさ……やっぱこういうのって学校に報告したほうがよくない?」
「大丈夫だって、天野も心配性だなぁ。」
まぁ、こいつくらいの腕前になったらそう簡単にはやられないだろ。
「では行くぞ、早い所、原因を突き止めたい。」
やれやれ、こいつには依頼のことしか頭にないのかね……
そうして俺らは煙草を再びそこに捨てると、さらに奥地へと進んだ。

『ガサッ』
草むらの揺れる音にとっさに反応し呪符を取る……しまった!
俺の袖の中にはもう呪符はなかった。
仕方なく三鈷杵を発動させ、草むらから現れた餓鬼を切り落とす。
「光の民よ、裁きの光で悪しき者を照らしたまえ!」
明津の神術が残りの餓鬼を一掃する。
「さすがにここまで来ると……きついな。」
「たしかに……特にあたしたちみたいな道術使いはなおさらよ……。」
「……そろそろ引き上げ時ですかね?」
「もうだめ〜、これ以上は無理だよ〜っ。」
そう、相手は確かに弱い餓鬼くらいで、正直呪符1枚でさっさと片付くのだが、さすがにここまで数が多いと使う量もシャレにならない。
俺や天野はすでに手持ちの札を使い切ってしまい、三鈷杵や魔道格闘での近接攻撃に切り替えている。
「私もさすがに疲れてきましたよ……ここまで数が多いと。」
一方、自分の魔力を直接相手にぶつける美那や明津なんかはグロッキー状態になってる。
特に1回事の霊力の消費が激しい神術を扱う明津なんかは立っているほうが奇跡に等しい。
「なんだ、もうみんなへたばったのか?」
「ふん、日ごろの努力が足りんからだ。」
……この2人、化け物か?(いや、約1名マジで化け物だったな)
っていうか反則だろこの2人の場合!
四守はすでに獣化していて、全身を真っ黒な体毛に覆われ、頭は完全に黒い狼になっていた。
降龍寺は降龍寺で平然と魔道銃に弾を込めている。
「って言うかお前等少しは術使え!さっきからずっと格闘か魔道銃じゃねえか!」
「まぁ、女子たちはともかく……お前、弱いな……」
「コラ降龍寺!俺は別に『疲れた』とかは言ってないぞ!?単に呪符が切れたからもう術は使えねえって言ってんの!!」
「そうか、なら三鈷杵で戦えばいいだろう。」
そんなことを言いながら2人はガンガン先に進んでいる……
さすがにここで呪符を書いてもその数はたかが知れてる、くそっ、もう1束くらい持ってくればよかった……
まぁ、補給する方法がないわけではないが……さすがにアレをここでするのはまずい、特に降龍寺の前ではかなりまずい。
俺のペンダントにはめられた憑代玉が自己主張をするかの様に光っていた。
たしかにここで玻璃を呼び出せば楽勝で呪符が手に入る、だがここであいつを呼び出すと俺が守神を持ってることが確実にばれる。
学校にばれれば良くて謹慎処分&玻璃の異界への強制送還で話は済むが、下手すれば退学&玻璃の退魔処分=死刑にされる恐れがある。
たかが実習授業だけで玻璃を失うわけには行かない。
俺はなおも魅力を見せ付けるかのように光るペンダントをしまいこむと、三鈷杵を抜き歩き始めた。

「……奥に誰かいるぞ。」
驚きながらも話すのをやめる、相手が誰だかわからない以上、俺たちがいることを悟られると危険だ。
降龍寺が指差す方向を見るとそこには白の綿パンにポロシャツ、ベストを着、背中にはクラブバックを背負った、いかにも「私はゴルフをしに来ましたっ!」と言わんばかりの格好をした青年がいた、何でこんな所にあんなのが?
すると俺の問いを答えようとしたわけではないだろうが、ゴルフバッグを開くと中から俺たちが良く見かけるものを取り出した。
杖だ、それも素人目から見ても明らかに霊力がこもっている、間違いなくあいつは……術者だ。
さらに数本、杖を取り出すと等間隔に、ちょうど円形になるように地面に刺していく、これって一体?
そしてその円の中心に立つとゴルフバッグに入っていた最後の1本の杖を取り出した、あれだけ霊力が他の杖より強い、おそらく術を唱えるための杖だろう。
遠くからで良くわからないが、なにか詠唱をしているようだ、一体何をするつもりだ?
その男が杖を地面に突き立てた瞬間、それは起こった。
まるで地面が一気に汚染されたかのように真っ黒になった、そしてそこから悲鳴とも、怒号とも取れるような、身の毛もよだつ叫び声が聞こえ、鼻を覆いたくなるような腐臭があたりに漂った。
黒い沼のようになった大地から無数の腐った手が生え、そこから身体が生えてきた。
身体のいたるところが腐り、肉は削げ落ち、内臓や骨が見えているその魔物は……ゾンビだった。
さらにゾンビとは別に、まったく違ったものも出てきた。
黒く、穢れた土に餓鬼たちが集まり、やがてそれは1人の人間となった、ホムンクルスだ。
 昔、西洋で開発ゾンビやホムンクルスの召還、生成術は、どちらも『非、人道的かつ残酷で危険きわまりない術』として、条約で術の使用、開発、改良を禁じられている、いわゆる『禁じられた術(フォビドゥン)』だ。
それを簡単にやってのけているあいつは間違いなく……。
「そんな……まさか……ネクロマンサー!?」
天野が思わず口にしてしまう、俺は慌てて天野の口を抑えた。
「誰ですかっ!」
ちっ!遅かったか!
相手がこちらを向く、俺たちはその場を離れた。
「逃がしません!行きなさい!」
ゾンビやホムンクルス達がこっちに向かってくる、さすがに人の形をした物に追われると気味が悪い。
「ええい!白鬼!赤牛せきぎゅう蒼狼そうろう!蹴散らせっ!」
降龍寺の召喚した白い鬼と炎をまとった牛、蒼い狼がゾンビやホムンクルスに立ち向かっていく。
式神とゾンビ達の戦いの音がうるさく聞こえる。
「おい!あれじゃ勝てねぇだろ!」
戦いの音に負けじと四守がしゃべる、というより怒鳴り声で聞く。
「足止めだ!捨て置け!」
「ひどくねぇか!?」
「心配するな!奴らは紙だ!命などない!」
……へぇ、式神って命なかったんだ。
妙に納得しながら俺は逃げた。

「はぁ、はぁ……ごめん。」
難が去ったとたん、開口一番に天野が言った。
「いや、あれはしかたないですよ……私も叫びかけましたし……」
「それよりもだ……早くここを出るぞ、いつ襲われるかわからん。」
確かにここは危険だ、一刻も早く抜け出さないとさっきの青年がけしかけたゾンビたちがいつ襲ってくるか解らん。
それに俺たちは顔を見られている可能性がある、さすがにこれは学校に支持を仰がなきゃマジで死ぬ、つーか殺される。
だが俺は天野の落ち込んだ顔がどうしても気になっていた、何か慰めの言葉でもかけてやらなきゃ……
「まぁ、そこまで気にする必要ないだろ、それにさすがに先生達も『ネクロマンサーがなんだ!戦えっ!』なんて時代錯誤みたいなことは言わないだろうし、それに課題もパスさせてもらえるって。」
「そうじゃなくて……後が怖いというか……学校まで追ってきそうで……」
「まったく、天野は心配性なんだよ、大体さぁ、『学校に来て俺たちを抹殺』なんて事しようとすればそれこそ先生も黙ってないだろうし、ネクロマンサーって言ってもたった1人だぞ?まぁ、俺たちじゃ勝てないだろうけど先生が何人かでかかっていけば楽勝だよ。」
「そうだといいんだけど……」
「そうだって!あんまり気にするなよ。」
「……そうだよね。」
「おい、いつまでもここにいるわけにはいかない、いくぞ。」
そうして俺達は先生に報告すべく、学校に戻る事にした。


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